

ウユニ塩湖は南米ボリビアの観光地で、チチカカ湖のコパカバーナに並ぶ世界的に有名な観光地です。ウユニ、はボリビアの西側にある小さな町で、ウユニ塩湖のすぐ近くにあり、塩湖観光の拠点となっています。
ウユニ塩湖は、標高約3,700mにある南北約100km、東西約250km、面積約12,000km²の広大な塩の固まりで、塩湖の中央付近で回りを見渡すと視界の限り真っ白の平地であり寒冷な気候もあって、雪原の直中にいるような錯覚をおこします。
標高約3,700mにあるため、風が強く、そして寒く、冬の乾期には塩湖の水は固まっています。夏の雨期には固まっている場所と融けている場所があるそうです。
地平線まで広がる白銀の世界と、湖面に映る青空は、必見の価値があります。
7月、8月が冬にあたり、乾期で塩湖が固まっていて一番良いといわれていて、塩湖の表面は平らで、車も非常に走りやすいです。
夏は塩湖に固まっていないところがあるので 基本的には冬の時期に行くのが良いされています。
また、塩湖の中央付近に「魚島」という島があります。遠方から見たときに島の形が魚のように見えることからその名前がついたそうで、高さおよそ40mの島には、サボテンが多数生えています。
小さな土産物屋はあるのですが、宿泊施設などはありません。塩湖の横断に自動車が用いられるようになる前は、リャマなどの隊列で移動をしていたのですが、一度で渡り切るのは困難であるため、この島が重要な休息場所となっていました。
雪原のような真っ白な塩湖にあるサボテンだらけの島というのは、とても奇妙な景色ではありますが、見応えは十分にあると思います。
2010年4月28日登録


アマゾン熱帯雨林とは、南アメリカアマゾン川流域に大きく広がる、世界最大面積を誇る熱帯雨林です。アマゾン熱帯雨林の面積の70%はブラジルにあります。
アマゾンには、世界に残されている数少ない手つかずの原生林がひろがっています。そして、地球上で最も生物多様性が豊かだと考えられているアマゾンには、およそ6万種の植物、1,000種の鳥類、300種以上の哺乳類が生息しているといわれています。
しかし、原初に存在していたアマゾンの熱帯雨林のうち、50%はすでに失われてしまいました。
1970年代以来、木材産出のための伐採や産業用の植林への転換、鉱山業、道路建設、森林火災などのために破壊され続けてきたのです。
現在、残されている熱帯雨林にとって最大の脅威となっているのは、商業伐採です。
世界自然保護基金(WWF)は、2030年までに、最大でアマゾン熱帯雨林の60%が破壊され、この影響で二酸化炭素の排出量が555億トンから969億トンに増える可能性があることを報告しました。
そんなアマゾンですが、今でも、新しい樹種や生物が発見されることが多い地域です。そして、先住民族の人々を含めた約2000万人がこのアマゾンの熱帯雨林に依存して生活しています。
この熱帯雨林が、食べ物や住居のみならず生活に必要な道具や薬草などを人々に提供し、又、生活している人々の文化や精神的安らぎの基盤にもなっているのです。
また、アマゾン川流域のジャングルの真っ只中にある人口140万人の大都市であるマナウスは、19世紀後半のゴムブームにより発展し、一時は世界のゴムの80%を供給していました。現在は一大産業都市、自由貿易港、アマゾン観光の拠点となっております。
観光の中心は、動植物の生態を観察するジャングル探検ツアーで、セスナ機による観光もできますので、ジャングルツアーなどで、我々人間にとって、何が必要で、何を守らないといけないのかを考えながら、生のアマゾンを楽しく体験していくと良いのではないでしょうか。
2010年3月 1日登録


コロンビア本土から北西の方にあり、ニカラグアの東150マイル、コスタリカの北東170マイルに浮かぶカリブ海の小島です。
コロンビアの都市カルタヘナからは480マイルも離れていますが、コロンビア領になります。気温は一年を通じて26 - 29度くらいで、季節は雨季と乾季に分かれています。その多様な自然と優美な景観から2000年にユネスコの生物圏保護区に登録されました。
サンアンドレス島は、1629年イギリスの清教徒により発見され、17世紀後半にスペインに占領された歴史があります。200年間の間にイギリス、フランス、オランダ、スペインによる島の領有権を巡って争っていました。
同じ期間にイギリスの海賊、ヘンリー・モーガンが島で隠れ基地として住んでいたそうで、伝説ではこの島に宝を隠したといわれています。
また、シティはサンアンドレスの島の北部に位置しており、モダンな建物と美しい海辺のプロムナードが見つかります。市内の主要な島では砂浜の長さが450メートルに達し、スプラット湾のビーチとして知られています。
島の南北に伸びる椰子に覆われた丘陵地の標高はわずか55mで、島の西部は石灰岩と部分的にコーラルサンドで覆われた粘土層の浜となっています。島東部の珊瑚礁は特に美しく、ダイビングポイントとして有名です!
2010年1月 7日登録

マチュピチュ遺跡はインカ帝国の首都であったクスコから北西約80 km、ウルバンバ川沿いの標高約2,400 mの尾根にあります。山裾からマチュピチュ遺跡は見えないため、「空中の楼閣」あるいは「インカ帝国の失われた都市」と呼ばれてきました。
マチュピチュ山(標高2,940 m)は、現地語で"年老いた峰"という意味で、"若い峰"という意味のワイナピチュ山(標高2,690 m)との間に遺跡があります。インカ帝国の名残を示す遺跡として有名で、1430年頃から建設が始められ、100年後のスペイン人による征服の際に放棄されたようです。
地元民にはその存在が知られていましたが、1911年にイェール大学のハイラム・ビンガムがこの地域の古いインカの道路を探検した時に発見し、『インカの失われた都市』という本を出版したことで世界に知られました。
この遺跡には3mずつ上がる段々畑が40段あり、3,000段の階段でつながっています。石の建物の総数は約200戸ほどあり、マチュ・ピチュには未だに解明されていない多くの謎があります。
現在ペルー国内では10ヶ所あるユネスコの世界遺産のうちでは最初に、クスコと同時(1983年)に指定されたのですが、観光客が増えて、道路や橋が取り付けられてきており、環境破壊が心配されています。
2009年12月28日登録

20億年前の台地、地球最後の秘境などと形容される南米ベネズエラにあるギアナ高地。何億年もの地球の歴史を見てきたテーブルマウンテンが100以上もこの周辺には存在し、ほんの100年前にはまだだれも知らない地でした。そんなギアナ高地で一躍有名なのが、落差979メートルという世界最大落差を持つエンジェルフォールです。
ギアナ高地最大のテーブルマウンテン、アウヤンテプイから流れ落ち、落差がありすぎる為、滝下部では水が拡散してしまい、滝壺がありません。
また、テーブルマウンテンと呼ばれる巨大な山々は一年中深い霧に覆われていて、人工衛星が発達する最近まで全容はまさに霧の中でした。
1937年に金鉱山を探しながら飛行していたアメリカ人、ジェームズ・クロフォード・エンジェル(ジミー・エンジェル、1899年-1956年)によって発見され、発見時、彼の一行はアウヤンテプイに着陸したのですが、再離陸ができなくなりました。その為、飛行機に同乗していたジミー・エンジェルとその妻、2人の地質学者の4人は、11日かけて徒歩でおりるはめになったそうです。
そして1970年に、アウヤンテプイの頂上にあった、ジミー・エンジェルの飛行機は引き上げられました。飛行機は修理された後、シウダ・ボリバルの空港の前に設置・公開されています。
通常、6月から10月初旬くらいまでが雨期で、この時期なら水量が多いので、滝の姿も迫力満点です。是非この時期に世界一落差の高い滝の迫力を味わってみてください。
2009年12月22日登録

キューバのハバナにはフエルタ要塞やプンタ要塞などスペイン統治時代に英(イギリス)軍からの襲撃を防ぐために建てられた要塞がいくつかありますが、その中で最も有名なのが、ハバナ港の突端にあるモロ要塞です。 旧市街(ハバナ・ビエハ)からは海底トンネルで結ばれており、横断すると、左側に石造りの堅牢なモロ要塞が現れます。
モロ要塞は、イギリスの海賊(かの有名なドレーク船長)対策として築かれたもので、高さ20mの城壁を誇った要塞です。
かつてモロ要塞とプンタ要塞には太い鎖が渡され、ハバナ港に通じる運河を行き来する船を管理していました。
また、ハバナ湾に面した地区に、オールド・ハバナというところがあり、1519年、スペイン人が建設を開始しました。オールド・ハバナは、新世界で産出された財宝を積んだガレオン船の旧世界へ運び出されていく港の役割を果たし、17世紀には、造船の中心地となったところです。
このオールド・ハバナは、バロック建築と新古典主義建築によって構成され、20世紀の後半には、多くの建物が廃墟と化したのですが、その後、いくつかの建物が再建されました。オールド・ハバナには細い道路が縦横に走り、おおよそ3000の建物が存在します。
オールド・ハバナは、フランスの海賊であるジャック・ド・ソーレスに焼き討ちされた経験を持ち、そのことから、スペインは、ハバナ港の要塞化に着手しました。そして1558年に、バルトロメウ・サンチェスの手によって、フエルサ要塞が建設されました。
また、モロ要塞から見るハバナの町並みはとても素晴らしいものがあります。
内部にはコロンブスの旅の軌跡や歴史がわかる博物館もあるので、観光スポットとして多くの人が訪れる場所となっています。
2009年12月18日登録

ウマウアカ渓谷(ケブラダ・デ・ウマウアカ)は、美しい景観と、この地方特有の、先住民の文化を現在に伝えている歴史的な渓谷で、2003年にユネスコの世界文化遺産に指定されました。
このウマウアカ渓谷は、アンデス高地近くにあり、グランデ川によって切り開かれた全長約150kmの渓谷で、その景観から南米のグランド・キャニオンと呼ばれています。
過去1万年以上にわたって重要な交易路となっていて、渓谷沿いからは、先史時代の狩猟採集者の集落、5?10世紀の大規模な農業集落、15?16世紀のインカ帝国の、プカラと呼ぶ要塞などの跡が発見されています。
インカ帝国時代から、ボリビアのポトシの銀鉱とをつなぐ街道となっていました。そのときの影響から、この地域の文化、食事、建築様式等は、ボリビアやペルーに関係したものになっています。
また、このあたりは、アメリカ先住民系の人々が多く住んでおり、現在まで、その文化を保ち続けており、毎年行われるウマウアカのカーニバルは、この地方独特のものです。
ウマウアカは、アルゼンチンのフォルクローレ音楽のふるさとでもあり、多くの楽曲が世界に知られております。特に、ウマウアカのカーニバルの様子を歌った、エル・ウマウアケーニャ(邦題は、花祭り)は、南米のフォルクローレを代表する曲として、日本でも広く知られています。
この地域はたいへん乾燥した気候で、サボテンの木がたくさんあります。サボテン材の穴の多くあいた特有な素材を使った物などが売られていますので、良いお土産になると思います。
2009年12月15日登録

テオティワカン (Teotihuacan)とは、メキシコシティ北東約50キロの地点にあり紀元前2世紀から6世紀まで存在した巨大な宗教都市遺跡です。
当時の新大陸では最大規模を誇っており、最盛期には10万?20万人が生活を営んでいましたが、7世紀には謎に包まれたまま滅亡しました。
テオティワカン人の宇宙観、宗教観を表す極めて計画的に設計された都市で太陽のピラミッドや、月のピラミッドそして南北5キロにわたる「死者の大通り」といわれる道が基点となり各施設が配置されています。
この都市で祀られた神々は、農業・文化と関係深いケツァルコアトルや水神トラロック、チャルチウトリケ、植物の再生と関係あるシペ・トテックなどです。
古代都市に固有の城壁が存在しないことから戦争や圧政のない平和な都市と考えられていましたが、近年の発掘調査の結果から、多数の殉教者、生け贄を捧げる風習が存在したことが判明し、戦士の壁画も発見されています。
社会についてはあまり知られていないのですが、規模から考えると神権的な権威が存在し、高度に階層が分化し、発達した統治組織があったものと推測されています。市内には職人の地区が設けられ、盛んな商業と交易の中心地であり、農民たちの巡礼となって集まる信仰の中心地でもあったようです。
太陽のピラミッドの地下には、人類の起源の地との伝説のあるチコモストックをおもわせる七つの洞穴が枝状につながる洞窟があったので都市を建設する際の立地条件になったのかもしれません。
都市の面積は約20平方キロメートルで、最盛期には、10万?20万人が生活を営み下水網も完備されていました。当時の東ローマ帝国の都コンスタンティノープルにも匹敵する規模を誇っていましたが、600年頃に突然滅亡しました。
北方民族襲来説、火山噴火説などその原因には諸説あるのですが、真相は今もなお明らかではありません。
遺跡のスケールを実感するには、太陽のピラミッド、もしくは月のピラミッドに上るのが一番良いです。壁面の彫刻が素晴らしいケツァルコアトルの神殿や、周辺から出土した2,000棟もの集合住宅も見ものです。
また、傾斜壁と垂直壁を交互に積み重ねていく独特のタルー・タブレロ様式は、後のメソアメリカにおける建造物に大きな影響を及ぼしました。
日本も参加している調査団が今後も新しい「発見」をしてくれると思いますので、楽しみにしながら訪れるとおもしろいでしょう!
2009年12月11日登録


イグアスの滝とは、南米大陸のアルゼンチンとブラジルの二国にまたがる世界最大の滝で、世界三大瀑布の一つに数えられます。
イグアス(Iguazu)とは先住民のグアラニ族の言葉で大いなる水(Y Guazu)という意味です。
最大落差が80メートル以上もあり、アルゼンチン側から見られる、「悪魔の喉笛」(Garganta del Diablo)が有名な観光名所です。歩いても船でもヘリコプターでも観光する事ができます。
イグアス川の下流にある、この滝を含むブラジルのイグアス国立公園とアルゼンチンのイグアス国立公園は、ともにユネスコ世界遺産に登録されています。
また、アメリカのルーズベルト大統領が夫妻で訪れた際、イグアスの滝を見た夫人が「かわいそうな私のナイアガラよ」と言った話は有名です。
イグアスの滝は、ブラジル側とアルゼンチン側で違った楽しみ方ができるので、両サイドを訪れると良いと思います。
アルゼンチン側は、何といっても、悪魔の喉笛を間近で見ることが出来ます。
大量の水が円形の喉のようになっている場所に落ちていく様子はすさまじいものがあります。
ブラジル側は、イグアスの滝をパノラマで、広い視野でに見ることができます。
滝はアルゼンチン側のほうに落ちているので、アルゼンチン側では基本的には間近での鑑賞になるのですが、ブラジル側は川を挟んで反対側に見るという形になるので、多くの滝をいっぺんに広範囲に見ることができるのです。
これもまたアルゼンチン側とは違い、とても美しいです。
片方しか行かない方もいるようですが、両方行ってみると良いでしょう。
イグアスの滝の美しさを様々な角度から楽しんでみて下さい!
2009年12月 7日登録
2009年のミス・ユニバース世界大会が8月23日、カリブ海のバハマのパラダイス島で開かれ、
ベネズエラ代表ステファニア・フェルナンデスさん(18)が優勝したそうです。
ベネズエラ代表の優勝は昨年に続き、2年連続だそうです!
ちなみに、ミス・ユニバース(Miss Universe)は世界を代表するミス・コンテストで、
他のミス・コンテストと異なり、選考基準として、単なる外見の美しさだけではなく、
知性・感性・人間性・誠実さ・自信などの内面も重視されます。
また、社会に積極的に貢献したいという社会性を兼ね備え、
世界80カ国以上から集まる各国の代表と対等に戦えるグローバルな女性像が求められます。
2年連続で優勝したベネズエラは、
これまでも4人のミス・ユニバースと5人のミス・ワールド(Miss World)を輩出した
「美人コンテスト界の超大国」なのです。
以前、テレビ番組でベネズエラの美人が多い理由について放映されていましたが、
混血であることも大きな理由の一つでしたが、
小さい頃から美にエネルギーを注ぐ環境が
ベネズエラには整っているようです。
女の子の80%近くがモデル養成学校に通い、
本格的なウォーキングなどの訓練を受けています。
それだけ養成学校がある事もすごいのですが、
親が子供を美人に育てようとの意識が高く、
子供たちは生まれた時から美意識が植え込まれるのです。
ベネズエラの最低賃金が約1万5千円であるなかで、
親が子供にかける金額が月に約1万円だそうです。
幼い頃から、モデル養成所やミスコン予備校に通い、ダイエット、ウォーキング、教養も学び、
彼女たちはけっして趣味でやっているのではなく真剣なのです。
外面だけではなく全ての点で美しくなるよう自分を磨いているので
彼女たちの美しさは努力の賜物ですね。



2009年8月25日登録